グレイテスト・ショーマン 【あらすじ・感想】素晴らしいショー、だけどモヤモヤ

グレイテスト・ショーマン
The Greatest Showman 公式Twitterより引用

グレイテスト・ショーマン スタッフ・キャスト

スタッフ

登場人物/キャスト

あらすじ

フィニアス・テイラー・バーナム(P.T.バーナム)は仕立て屋だった父に連れられ働いた裕福な家の娘チャリティと親しくなり、チャリティが寄宿舎に入った後も文通を続けていた。

父が他界した後フィニアスは貧困の中を生き抜いてきたが、チャリティとの文通は続けていた。大人になった二人はチャリティの父に貧乏を蔑まれながらも結婚し、娘も2人生まれ貧しいながらも幸せな家庭を築いた。

しかしバーナムは仕事に恵まれず職を転々とし、ついには失業してしまう。自分にはアイデアがあると自信を持っていたバーナムは、借金して博物館を買い取り珍しいものを展示して客を集めようとしたがうまくいかなかった。

ある時娘の一言がきっかけになり、バーナムはフリーク(奇形)など様々な人々を集め博物館でショーを行うようになった。ショーは連日たくさんの人が訪れるようになりバーナムは新しい家を買い裕福な生活を送るまでになった。しかし批評家に酷評され、フリークを集めたことでショーを行うことに反対運動をする人々も現れた。

ニューヨークの社交界にアピールしたいバーナムは、上流階級出身の劇作家フィリップ・カーライルを説き伏せ一座のパートナーとして迎え入れた。その結果、一座はフィリップのコネでヴィクトリア王女と謁見することができた。

バーナムはヴィクトリア王女の謁見の席でオペラ歌手のジェニー・リンドと出会い、彼女のアメリカでの公演を企画し取り仕切るようになる。ジェニーの公演はバーナムに批判的だった批評家にも絶賛され大成功した。しかし一座の興行はフィリップに丸投げで、バーナムの家族のこともほったらかしになっていた。

一方でフィリップは一座の空中ブランコの演者アニーに一目ぼれしていたが…

感想

素晴らしいエンターテイメント

とにかく歌と踊りが素晴らしい。

『「ラ・ラ・ランド」の製作チームが贈る』という謳い文句ですが、ヒュー・ジャックマンゼンデイヤザック・エフロンカーラ・セトルなどミュージカルやダンス経験のある俳優が多く出ていて、歌と踊りに関して言えばラ・ラ・ランドとは段違いにすごいです。

ヒュー・ジャックマンといえばアメコミ好きな私にとっては一番に思い出すのが“ウルヴァリン”なのですが、トニー賞でミュージカル主演男優賞を受賞したことがあるなどミュージカル俳優としても評価されています。まぁヒューのダンスと歌の素晴らしいこと。これだけでもこの映画を観に来た価値があったと思いました。

ゼンデイヤも素敵でしたね。去年の『スパイダーマン:ホームカミング』で演じた髪ボサボサのオタク女子と違ってメチャクチャ美しくて、すぐにゼンデイヤだと気が付かないくらいでした。アニーとフィリップの恋物語はもう少し見たかった気もします。

オペラ歌手ジェニー・リンドの役でレベッカ・ファーガソンが出ていましたが、彼女もメチャクチャ美しかった~。歌声も素晴らしかったのですが、歌は『The Voice』というオーディション番組出身のローレン・アレッド()という女性が吹き替えているそうです。そりゃそうか。

というわけでエンターテイメントとしては大満足だったのですが、ストーリーは引っかかるところが所々ありました。

引っかかるストーリー

私は大体映画は何の下調べもせずいきなり観に行くのですが、今回も知っていたのはP.T.バーナムが実在の人物だったということだけ。

しかし映画を見ていて違和感が拭い切れませんでした。アメリカのあの時代は南北戦争の後?前?人種差別や人身売買が当たり前のように存在していた時代のはず。鑑賞後調べたらP.T.バーナムは1810年7月5日 – 1891年4月7日に存命していたようです。映画のバーナムは30~40代?(ヒューの実年齢は49歳) ということは南北戦争の前ということになります。

P.T.バーナムは実在の人物ですがフィリップ・カーライルは架空の人物らしく、素敵だったアニーとフィリップの恋物語も現実は異人種間の結婚が禁止されていた時代の話です。実際は醜い時代だったので美しいフィクションを入れたのでしょうか。

フィリップの両親が彼と一緒にいるアニーを見て「メイドと一緒にいる」と失言する場面がありますが、『メイド』であれば職業ですがそんな生易しいものではなく、黒人は『奴隷』として扱われていたはず。

バーナムはジェニー・リンドの公演に来た劇団員を「目立つ」とボックス席に通さず立ち見させますが、高揚感でつい本音が出たように見える。そもそもフリークたちを集めたのも「人は奇妙なものを見たがる」という理由であって、劇中ではフリークたちは「日の当たるところに出してくれた」と感謝していますが、バーナムとしてはただのビジネスです。

火事の後にレティ―たちが「あなたは家族を作ってくれた」とバーナムと共にやり直そうとするのも、ただ単に彼女たちがいい人だっただけ。フリークたちを自由応募で給料を渡していたような描写がありましたが、実際には人身売買で買ったのではないでしょうか。

というわけで素晴らしいエンターテイメントに感嘆しつつも違和感を感じていたわけですが、その違和感はハリウッド作品に出てくる侍や忍者を見る時に似ているな、と思います。何というかね、中華風な家屋とか牛刀持った侍見ているような違和感。本当はこうじゃないよね?という…

しかもググってみればP.T.バーナムが「法の裏をかいて実質的な人身売買をしていた」「劇団の動物を虐待していた」「最初の嫁(チャリティ)が亡くなった後、間を置かずに若い女性と結婚した」「別のサーカスの厨房で働いていた黒人男性を買い、『猿人間』と称し博物館で見世物にした」とかいう記事もあったりして、そういう人物を美化した?と思うと、大幅に脚色した創作だと思っていてもやっぱりモヤモヤしますね。

バーナムをモデルにしながらも主人公の名前を変えて、思い切ってもっとファンタジーにしてしまえばモヤモヤしなかったかもしれません。

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